雑学のススメ No.5(03・3/4)

「六甲山」の向こうに見える名前の由来

 今年のプロ野球は異常な盛り上がりを見せています。
4月11日の巨人・阪神戦9回「1対7」の6点差を同点にした巨人。ヤクルトも中日戦で5回10点を入れ合計21点で大勝しました。阪神は広島戦で敗色濃厚な8回「4対10」から一気に9点を取って逆転しました。長いプロ野球史上例を見ないドラマが展開されています。さらに万年Bクラスが定位置であった「阪神タイガース」が首位を独走しているからです。

その結果「阪神タイガース」が勝つたびに、
『六甲おろし颯爽さっそう蒼天翔そうてんかける日輪の
青春の覇気うるわしく………』
と、球団応援歌の「六甲颪」が聞こえてきます。永い間1/3しか歌えなかった勝利の応援歌が今年は2/3を超える勢いです。

「六甲颪」とは「甲子園球場」がある西宮市から神戸市にかけて、ほぼ東西方向に衝立状に連なる「六甲山系」から吹き下ろす風のことです。この「六甲山系」の最高峰が「六甲山」(海抜931.3メートル)で、「函館山」や「長崎湾」とならぶ夜景の美しい観光地として全国的に知られています。
  「六甲山」という地名は、
    『むつかぶとに ちなみある     山の高き名 負いもちて
    むこの広野に そそり立つ  わが学び舎に 集う子よ』

 神戸市立「六甲小学校」の旧校歌に歌われているように、神功皇后じんぐうこうごうが三韓征伐からの帰途、六つのかぶとをこの山に埋めたという伝説に基づいて、名付けられたと言われています。
 しかしながら、「古事記」や「日本書紀」に登場する「神功皇后」の朝鮮侵略は、西暦391年頃と思われますが、「六甲山」とはっきりと文献に登場するのは、貝原益軒の「有馬温泉記」などの江戸時代からなのです。
 奈良・平安時代(万葉集)には、「牟古山」・「務古山」・「六児山」などと表記され、いずれも「ムコヤマ」と呼んだものと思われます。


「六甲山」は「ろっこうさん」ではなく、「むこうやま」とも読めるではありませんか。


 従って「六甲山」がつのかぶとから由来したものではなく、むしろ逆に「ムコ」の語に「武庫山むこやま」の字があてられ、これに神功皇后の伝説が結びつき、更に「武庫」に「六甲」の字が当てられ、「六甲むこ」を「六甲ろっこう」と呼ぶようになったものと思われます。

 それでは一体、「ムコ」とは何を意味するのでしょうか。
 「武庫むこ」は「向こう」からきており、「大和」や「難波」から見て「ちぬの海」(大阪湾)の「向こうに見える山」という意味から、名付けられたのではないでしょうか。
 現在でも「六甲山」の西南に広がる平野に目を向けると、宝塚歌劇場や宝塚温泉を横切り、甲子園球場の東を流れ大阪湾に注ぐ「武庫川むこがわ」があります。阪急神戸線に
武庫之荘むこのそう」という駅もあります。西宮市や芦屋市は市制がひかれる前までは「武庫郡むこぐん」と呼ばれていました。「向こう」からでた「武庫むこ」が、この地方の名称として、最も古く且つ比較的一般に使われていたものと思われます。

「ムコ」には、そのほかに
@むく山の訛化したもの(加茂真淵の冠辞考に記述)
   当時の六甲山には「椋の木」が多く、黒く熟した実が食用になった。
A御子みこの訛、または婿むこの意味
   六甲山の東山麓が「御子代国」と呼ばれていたものが訛った。
Bアイヌ語(植物の名)
   根を常食とする「ムク」という植物が多くはえていた。
など諸説ありますが「六甲颪」の「六甲」の語源は、大阪湾の向こう側の「向こう」が平凡ですが自然のような気がします。