雑学のススメ No.9(04・2/3)

都道府県名の由来による分類学
〜戦国武将は改名がお好き〜

 「ご出身は?」と問われると、何の抵抗も無く「・・県(都・府)です」と答えます。実は現在わが国の47都道府県の骨格が出来上がったのは以外に新しく、明治時代の初め「廃藩置県」が行われた120年前なのです。それ以前は武蔵国・尾張国・河内国など律令時代(8世紀)から続いている旧国名だったのです。
 1,000年以上続いていた国名を一斉に新しい都道府県名に変えるには、想像を絶する抵抗勢力や混乱があったと思いますが、明治政府の新しい時代が来たことを民衆に知らせる為の、意識改革の一端をうかがい知ることが出来ます。
 今年は町村合併で新しい地名が生まれ、多くの地名が消滅して話題を呼んでいますが、明治以降殆ど変わることがない都道府県名の由来について独断と偏見で分類してみました。

T 自  然

 1)地形(山)
・岩 手
・富 山
・岡 山
・山 口
文字通り「岩手」(いわで)で、岩手山の溶岩流による。
山が平野に張り出しているところで、深山に対する外山(とやま)のこと。
旭川の右岸にある丘陵の「岡山」に宇喜田直家が城を築いた。
日本海側の萩に向かう街道はここから山に入っていく「山の入口」から。
 2)地形(川・海・島)
・神奈川
・石 川
・香 川
・大 分
・島 根
・沖 縄
水が少ししか流れておらず、水源が定かではない「上無川」から。
文字通り「石の多い川」で、郡域を流れる手取川のことを指す。
雨が少ない地方なので「涸川」から。
川によって大きく刻まれた地形大段(オオキタ)から。
島根半島の北岸に点在する多くの島々にちなんでいる。
沖の漁場「オキ(沖)・ナ(魚)・ハ(場)」から。
 3)地形(潟・湿地・州)
・秋 田
・新 潟
・埼 玉
・愛 知
・滋 賀
古代から秋田(飽田)郡があり、雄物川低湿地を意味するアクタから。
信濃川の河口に新しく潟湖が形成されたことに因む。
「たま」は湿地で、湿地の前方の地「サキタマ」から。
万葉集にアユチ潟と詠まれ、「豊かな湧水に恵まれた地」の意味。
砂州を意味する「スカ」から、とか、石の多いシ(石)・カ(接尾語)から。
・高 知 山之内一豊が城を築き、鏡川の中洲にあったのでこうちやま河中山と名づけた。
・熊 本 「クマ」は川が曲がって流れている所、モトは湿地。古くは「隈元」と表記されたが、1607年加藤清正が城を築き「熊本」に改称した。
 4)地形(野・坂・崖)
・長 野
・奈 良
・大 阪
・鹿児島
長く延びた広い野原。
日本書紀に「草木踏みならす」とある。ナラは山中の小平地のこと。
坂道の多い上町台地に名づけられた小地名が町全体を指すようになった。
「カゴ」は険しい火山地形を指す。カコ(水夫)鹿の群集地など諸説ある。
 5)植  物
・青 森
・栃 木
・山 梨
1624年津軽藩主信枚が、青々と茂った林が連なっていることから。
文字通り「橡の木」(とちのき)が多かったことによる。
文字通り「やま梨」が沢山取れた所。山成しつまり山のある所という説も。
 6)位置方向
・北海道 明治2年、蝦夷地の探検家「松浦武四郎」によって名づけられた。
古来からある「南海道」・「東海道」にならって、「北」の「海道」とした。
・東 京
・宮 崎
明治元年「江戸」を「東京」と改称、文字通り「東」の「京」である。
「みや」は「宮」・「御家」・「神」の意。「さき」は最も前なる所。

U 文  化

 1)神話・伝説
・茨 城 奈良時代、賊を退治するため茨(いばら)で城を築いたという伝説がある。
・三 重 日本武尊がこの地を訪れたとき、足が「三重の勾りなしていと疲れたり」
といわれたところから。ミエはミ・ヘで水辺を意味とする説もある。
・愛 媛
・佐 賀
古事記の国生みの神話に、美しい女神「えいひめ愛比売」として登場する。
肥前風土記に日本武尊が巡行の時、樟樹の繁る有様を見られ、「栄の国」と。
 2)歴史・生活
・宮 城
・京 都
・兵 庫
・鳥 取
奈良時代、朝廷に納める屯倉(みやけ=米の倉庫)が置かれていた。
平安京以来1200年の歴史を持つ。「京」も「都」も「みやこ」の意味。
大化の改新の際、須磨の関を守る為の武器を納めるへいこ兵庫が置かれていた。奈良時代、水鳥を捕ることを職業としていた鳥取部がすんでいた。
 3)人  名
・群 馬
・千 葉
・長 崎
古くはクルマで豪族車持君に因む。他にクルマは川が曲流する所の意味。
平安時代以降約300年この地を支配した千葉氏による。
長崎港を開いた長崎勘左衛門の姓。「長い岬のある所」という説もある。

V 戦国武将が名付け親

 1)瑞祥地名〜「福」がお好き
・福 島 中世からの城下町で、以前は「杉目」(すぎのめ)または「杉妻」(すぎのめ)と称したが、1592年木村氏が縁起を担いで杉目城を福島城にした。
・福 井 元は「北庄」と称したが、「北」が敗北に通じるのを城主松平忠昌が嫌って
改称した。当初は「福居」と表記。
・静 岡 江戸時代の駿府、別名府中は「不忠」に通ずるとして、近郊のしずはたやま賎機山に因んで、「静岡」と改名した。
・徳 島 1585年蜂須賀家政が吉野川河口近くの中州「富田の荘」に城を構えた時徳島城と命名したことから。
・福 岡 1600年黒田長政が築城に際し、先祖の出身地である「備前福岡」に因んで命名した。大字が県名に昇格した出世頭。(雑学のススメN0.2)
 2)合成地名
・岐 阜 古くは「井ノ口」と称したが、織田信長が新地名を選定させた。
「岐」は周の文王が身を立てた岐山の「岐」、「阜」は都を表す「曲阜」
・和歌山 豊臣秀吉が城を築きその地の「岡山」の「山」と山部赤人の歌で知られ
る「若の浦」の「若」が合わさって「若山」となり後に「和歌山」に。
・広 島 毛利輝元が城を築きその遠祖・大江広元の「広」と、その地の土豪である福島元長の「島」を合成して命名した。

 県名は大別して県庁所在地名をとったものと郡名を採用したものに分かれます。明治維新のとき官軍側についた藩には県庁所在地名を与え、幕府方だった藩にはその郡名を付けさせたウラの事情があります。勝てば官軍。歴史は勝者の記録といわれていますが、地名もまさに勝者の証といえます。