雑学のススメ No.38(10.02/03)

「東海道(東京―大阪)はどんどん狭くなる」
〜20時間5分から1時間7分へ〜
 1872年(明治5年)10月14日午前10時、日本の鉄道の夜明けを告げた新橋―横浜間(約29km 53分 1日9往復)が開業しました。近代日本の大動脈として我が国の発展に大きく貢献した「東海道本線」の発達は日本の鉄道史そのものであり、ここからその歴史が始まりました。
◇1889年(明治22年)7月1日    20時間5分(下り)  新橋―神戸間
 新橋―横浜開業から17年、最後まで残っていた長浜―大津間が繋がり、新橋(関東)と神戸(関西)が一本の線路で結ばれ、現東海道本線が全線開通しました。所要時間20時間5分は当時としては画期的なスピードだったと思われます。
(東京駅6・7番線の間)

(神戸駅5番線)
1896年(明治29年)9月1日    17時間9分(上り)  新橋―神戸間
ダイヤ改正があり直通列車が4往復になりました。うち1往復はわが国最初の上級列車(急行列車)がスタートすることになりました。 
1903年(明治36年)1月20日   15時間00分     新橋―神戸間
山陽鉄道(神戸―下関)とのスピード競争により、大幅に時間短縮になりました。
1906年(明治39年)4月16日   13時間40分     新橋―神戸間
 日本初の急行料金を徴収する上級列車「最急行」が登場しました。
1907年(明治40年)3月16日   13時間10分     新橋―神戸間
 山陽鉄道(神戸―下関)買収に伴いスピードUPしました。 
1909年(明治42年)10月12日  12時間50分     新橋―神戸間
富士川・安倍川・大井川・天竜川・木曽川の各橋梁を除き複線化が完成し、正式に「東海道本線」に決まりました。
1921年(大正10年)8月1日    11時間50分     東京―神戸間
新逢坂山トンネルが完成したため運転距離が4.5km短かくなり、特急列車の所要時間が約1時間短縮されました。
1929(昭和4年)9月15日     11時間38分     東京―神戸間
わが国初の愛称名付き特別急行「富士」「櫻」が登場し、蒸気機関車C51の牽引により東京―下関で運転開始されました。
1930年(昭和5年)10月1日     9時間00分     東京―神戸間
超特急と称せられた「燕」(特急の代名詞)が運転を開始し、以前の特急「富士」・「櫻」(九州特急)に比べ、2時間40分短縮されました。
東京―大阪間の所要時間は8時間20分で、当時としては驚異的な高速運転を実現しました。
・御殿場線の上り勾配では後押し機関車を連結し、最高点で走行したまま切り離した。
・炭水車の後ろに水槽車を連結し給水の為の停車を省略した。
・乗務員の交代も走行中に行った。  など、高速化実現のため英知を結集した結果です。
1934年(昭和9年)12月1日     8時間37分     東京―神戸間
約16年という年月を重ね「丹那トンネル」が開通(12km短縮)。それまで御殿場経由であったものが熱海駅経由になり、距離・勾配(25%パーミル→10%パーミル)が大幅に短縮されました。これによりほぼ現東海道本線が完成したことになります。
東京―沼津間:電気機関車 EF53  沼津以西:蒸気機関車 C53
超特急「燕」は東京―大阪間を8時間で結び、1956年11月まで22年間破られませんでした。
・・・・・・・ 第2次世界大戦 ・・・・・・・

1949年(昭和24年)9月15日    9時間00分     東京―大阪間
東京―大阪に特急「へいわ」が登場し、戦後初の特急として復活しました。
1950年(昭和25年)10月1日    8時間00分     東京―大阪間
「へいわ」を「つばめ」に改称し、「つばめ」として6年ぶりに復活いたしました。
東京―浜松間は 電気機関車EF56・57 
浜松―大阪間は 蒸気機関車C59・C62
1956年(昭和31年)11月19日   7時間30分     東京―大阪間
最後まで残っていた米原―京都間の電化が完成、東海道線は全線電化になり、全区間電気機関車で牽引することになりました。全国規模のダイヤの白紙改定が行われ、23年目に時間短縮されることになりました。
特急つばめは「青大将」の異名を取るエメラルドグリーンに塗り替えられました。
1958年(昭和33年)11月1日    6時間50分     東京―大阪間
国鉄初の電車特急「こだま」(151系・先頭のボンネット型)がビジネス特急という触れ込みで登場しました。
「第一こだま」東京 7:00発 → 大阪13:50着 
「第二こだま」大阪16:00発 → 東京22:50着 
【滞在時間は2時間。日帰り出張が可能とされたものの、その実態は?】
乗客に直接アンケートを配り調査した大学のクラブがありました。報告書によると『往路が電車特急なら復路は夜行寝台。往路が夜行寝台なら復路は電車特急。』が実態でした。
1959(昭和34年)9月22日     6時間40分     東京―大阪間
1年後「こだま」は10分短縮され、6時間40分になりました。
1960年(昭和35年)6月1日     6時間30分     東京―大阪間
さらに1年後10分短縮され、新幹線運転開始まで続きました。
1964年(昭和39年)10月1日    4時間00分     東京―新大阪間
東海道新幹線開業 「ひかり」 4時間 14往復  「こだま」5時間  12往復
10月10日から始まるアジア初の「東京オリンピック」の開催に合わせて建設されたのが「東海道新幹線」です。東京―大阪管3時間10分(20年間続いた)というのが常識になっていますが、開業当初は4時間であったことはあまり知られていません。また、乗車券は東京―新大阪552.6km(営業距離)で販売されますが、実運転距離は515.4kmなので、実際の乗車距離より37.2km多くの運賃(長い)を払っています。
1965年(昭和40年)11月1日    3時間10分     東京―新大阪間
いよいよ建設当初からの計画通り3時間10分のスタートです。本当に3時間10分で走れるのか、一般市民にとっては未知の世界なのです。11月2日の朝刊を隅から隅まで眺めてみました。何のトラブルもなく無事予定通り到着した記事ばかりでした。東京出張を1日から2日に伸ばし、安心して新幹線に乗車したことを覚えています。新幹線の開通は我が国の社会現象に様々な変化をもたらしました。その一つは単身赴任が急増したことです。また日帰り出張が増えサラリーマンにとって労働強化に繋がりました。
1985年(昭和60年)3月14日    3時間08分     東京―新大阪間
 「0系」の後継車として「100系」が登場。20年間で2分短縮することになりました。
1986年(昭和61年)11月1日    2時間49分     東京―新大阪間 
東京21時00分発の最終新大阪行きの「ひかり」が2時間49分で運転を開始しました。
1992年(平成4年)3月14日     2時間30分     東京―新大阪間
300系「のぞみ」が登場し「ひかり」より19分早い2時間30分で運転を開始しました。
2007年(平成19年)7月1日     2時間25分     東京―新大阪間
N700系「のぞみ」が運転開始。それまでの「のぞみ」 より5分短縮されました。
2010年4月1日 の東京駅発の時刻表によれば、「のぞみ」88本 「ひかり」30本 「こだま」36本と、通勤列車並みの運行になっています。
2045年   1時間7分   品川―新大阪間
JR東海が発表した「リニア中央新幹線」は南アルプスを貫通する直線ルートの場合、運転距離は438kmとなり最速67分で結ばれる予定です。

東京―大阪間はどこまで狭くなるのでしょうか。「東海道本線」に始まり「東海道新幹線」を経て「リニア中央新幹線」で結ばれようとしている日本の大動脈に第4のルートはあるのでしょうか。あるとすれば、海中に敷設されたチューブの中をカプセルが移動することになるかも知れません。

8年前「東海道新幹線・・・・」で始まりました「雑学のススメ」は、第38回の「東海道・・・・」で筆を置くことにいたします。永い間ご愛読?いただき有難うございました。